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ガンジーさんと誰か、という依頼を受け、西荻窪clopでduoライブ。
当初依頼されたときにオヤと困った自分に驚いた
というのも
このところ鳥にしろozzyにしろ即興にしろ、誰かとのバランスの中で美を見出すという叩き方をしてきていたため、好きに演奏していいと言われたとき、ハテ好きってなんじゃらホイ?と途方に暮れたのだ(笑)
そもそも最近思うのは、自分がやりたい!と思うようなものはゲームにしろ音楽にしろ、自分が大好きだったものの模倣なんだってことに気づいてしまっていて、むしろ他人や機材やハコとのバランスの中でベストを探す奏法の方がよほどオリジナルに向かうと思ってしまってもいた。
ただ明確に私が面白いと思っているのはもう数年前からいじって遊んでいるFilterBankで、これは今までにない音楽(波)。これをメインに据えて誰かと共振する、というテーマなら間違いないってようやく気づいたが、今度はこういう音の波に合わせられる人っていうのがこれまた見当たらずで直前まで決まらずという体たらくに(笑)
最終的には以前同じイベントで呼んでもらった いがらし杏子さんにピンチヒッターを頼んだが、ライブ後半には私が面白いと思っているポイントに自然に集約して大収穫だった。さすが杏子さん。
イメージとしてはこういう感じ
音が集中すると、音が耳の鼓膜の真横で鳴るようなビリビリになる。ちなみに今回は FilterBank2台だったので、私の方は4本、つまり合計5本が一点に集約することになる(笑)ちなみにこの状態は録音してもスピーカやイヤホンが振動して音にならないのが惜しいところ。
いずれはもっと大勢が参加し、音の集中点を過密にしたり(数十重なったら物理的にヤバイ)、もしくは複数の集中点を点在し移動・浮遊する感じをイメージしている。音世界の中で移動し円を描きダンスを踊るのである。
ライブ後のダウン>病みあがりでいつもの夕方のサイクリング中にふと気づいたのだが、
今巷で話題のVRの最大の利点は「カメラの挙動が不要」になったのが最大の利点だなあと!
3Dゲームを作るとき、どの位置からどの方向にカメラを設置するか?というのが最大の問題であり悩みでもありノウハウでもあったわけだが、どんなに上手くやったとしても、2Dのように横から見ている自然さに比べれば見たいところが見られないもどかさは常に付きまとっていた。
だがそんな積年の問題は
プレイヤーが自分で被って好きな方向を自分で見てくれる、というVRデバイスで自然に解消されたってワケです!
ただ、
どんなに360度自由に首を回せたとしても、360度好きに走れるわけではないわけで、ディズニーランドのアトラクションに乗せられて等速でゴトゴト移動し、乗りながらあちこち見回している状態 に成りかねないなあとも思ったりした(笑)
思えば
例えば携帯で地図を見るときのもどかしさにも似ている。近くでみて全体をみて、とやりたいとき、なかなか思う大きさにならない。紙の大きな地図をばっと広げて見る簡易さに比べれば、ここにもカメラの問題があることがわかる。
つまり、現在はVRはオープンワールドの中での見渡し、という使われ方をしているが、実は手元の地図を見るなどの近距離(人間が体を動かせる範囲)におけるカメラのコントロール範囲に収めた方がより自由度があがるように思う。
3Dの遠景は、2Dと変わらないわけだから(笑)
ひさびさにPSstoreとか見て気になっていたshootingの動画をネットでチェックして思ったのだが、ホーミングミサイルって意味ないなとつくづく思った。自動追尾で出現してくる敵を勝手に倒す。ユーザーの意志は関係ないわけで、わざわざ敵を出現させて破壊する部分はゲームルールとして成り立ってない。演奏すらしないゴールデンボンバーのように潔く、ホーミングアイテムを取ったら倒せる敵はもはや出現すらしないでいいのではないか(笑)風来のシレンのジェノサイドの巻物のように、その種族が一切出現しない。つまり、アイテムをとっていくと敵がほとんど出なくなり風景だけがスクロールするというシュールに至るわけだが、量子的でもあるその構造を知るもののみがその何もない風景をニヤニヤと楽しめるというわけである(笑)ゲームとしては、アイテムの取得自体を困難にすると攻撃が一切ない風景がご褒美となる。ギャラリーは、敵すら出現しない単なる風景のスクロールが何分も続く様を、まるで達人の長い潜水を見るような感動を持って見入る光景となるわけだ
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このページでは私の成果、発見のみ記述しております。
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