第十一章
二度と許さないと心に誓っても、日常の小さな幸せにくずされていく。信じない、とは信じたいということなのだ。
「ここまで譲歩させてもなお、私に譲れというのか。岩肌の、崖の、真下には波がうごめいているこのギリギリの場所でなおかつ私に下がれというのか。古代の競技場の、獰猛なケダモノがうごめく地下の牢獄に落とされようとする奴隷の姿が浮かぶ。彼らは極限でなにを考えたのか。いや、考えはしまい。ただ、ケダモノと同じくケモノとして拒否し続け、し続け。そして終わったのだ」
「この世に平等はない。平等であるということが不公平なのだ。ああ、おお、どう叫べばいいのか。叫ぶ、ということにも飽きた私に、叫ぶ場が与えられるという事はこれまた人生における不平等だと後世の人は安く判断するのだろうか。人間の脳髄という変化可能なものに何が詰め込まれるのか、それは私の意志によるものではないのだ。全て与えられたもの・・・。自分の意志、というものが形作られた時点で、それは他人のものなのだ。全て他人のものである自分になにを大事に思おうか。」
傷ついた体をいたわるかのように私はおもむろにあなたのほうを振り向いた。同じくたぶん傷つき果てているあなたが向けている目がある。ああ、愛しきあなたよ、守るために私を悪魔にささげようというのか。
費やした日々に目を向けろとは言わない。ただ、この身のこの結末が、夜中に青く部屋を照らす消し忘れたテレビでたんたんと流されていくさまを思い浮かべて。ああ、やがて。
いつか確認しあった、信じることが全てだと、今はただ転がっているその事実は私に懐かしさをももたらせないことに軽い感傷を憶えさせる。信じるとは持ち合わせた幸せの量によって決まるんだと、誰が私に語ったのだろうか。
おお、流れ落ちる血液が足元の土にへこみを作り、色を変えた。すでに固まってしまった私の血液は身動きするたびにがさつき、私をさまたげる。また一つ落ちた。あなたの血はまだ生まれたばかりで外に出られた喜びであなたの傷ついた体表を、でもゆっくりとよどみ、ぐるぐる進んでいく。新たな道をつくりながら。
すでに固まってしまったか、流れているか。それだけの違いだ。持ち合わせる傷は同じゅうあろうともあなたは私にその鮮度で道を譲れと言う。すでに固まってしまったか、流れているか。それだけの違いなのに、道を譲れと。
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